内観療法

内観療法

心の窓をノックしよう

静かに自分を見つめる時を持ちませんか
心の窓が開かれて自分のほんとうの姿が浮かび上がってくることでしょう
誰にでもできるやさしい自己発見の方法です

自己の発見

ひとり静かに自己を見つめたい…。 このような思いをもっている人は多いことでしょう。しかし、仕事や勉強に追われて、そのような時をもてず、自己を見失いがちです。 思い切って人生の休暇を取って、自分の心の世界を探ってみませんか。 ここで紹介する内観法は、吉本伊信という方が開発したもので、静かな場所にこもって、誕生から現在までの自分の歴史をふりかえり、自己を発見する方法です。これは向上の意欲さえあれば、年齢に関係なく誰にでもできるものです。

内観の方法

内観法は研修所に1週間宿泊して研修する集中内観と、日常生活での日常内観があります。 日常内観の一つに「記録内観」という方法があります。集中内観の方法は、次の通りです。

  1. 楽な姿勢で座ります。屏風(びょうぶ)で囲むと、落ち着きます。
  2. そして、母(または母親代わりの人)に対する自分を、
    1. 世話になったこと
    2. して返したこと
    3. 迷惑をかけたこと の3点について、具体的な事実を調べます。
  3. 調べるのは年代順。小学校低学年、高学年、中学校時代……、というように年齢を区切って、現在まで調べます。
  4. それがすめば、父、配偶者、子どもなど身近な人に対する自分を同様の観点から調べます。一通り終われば、母に戻ります。
  5. 1~2時間おきに、3~5分間の面接があります。面接者「この時間、誰に対するいつごろの自分を調べてくださいましたか」研修者「母に対する中学時代の自分を調べていました、お世話になったことは……。 して返したことは……。迷惑をかけたことは……。」面接者「ありがとうございました。次はお母さんに対する高校時代の自分を調べてください」このような面接が、1日7~8回あります。
  6. 内観には、その他「養育費の計算」や「嘘と盗み」というテーマもあります。
  7. 研修所では、音楽を合図に朝6時起床。洗顔と清掃の後、6時半から夜の9時まで、入浴とトイレの他は静かに座って内観します。食事は日に3度運ばれます
  8. 全館禁煙です。テレビやラジオの視聴、読書、他の人とのおしゃべりは厳禁。緊急の用事以外は電話もかけません。研修中は携帯電話を預からせていただきます。心の世界に集中できるように、外部からの刺激を最小限にするのです。

内観療法の様子

内観療法には1週間研修所や病院などにこもって集中的に行う「集中内観」や、日常生活の中で短時間行う「日常内観」という形態があります。さらに2泊3日の「短期内観」や、他の研修プログラムの中で数時間の集団内観や記録内観など、さまざまな方法が開発されています。 ここでは内観療法の基本である集中内観について、私たちの奈良内観研修所を例にして紹介しましょう。

内観の実施状況

場所的条件

研修生(内観する人)は研修所の静かな個室にこもります。そこは仕事や勉強や遊びな どの日常生活から離れて、落ち着いて自己を見つめることのできる保護された空間です。 食事も自室でとり、たとえ親子や夫婦であろうとも、他の人と話すことはできません。研修中は携帯電話を預からせていただきます。静かに内観に専念します。研修所には厳粛な雰囲気がただよっています。

身体的条件

内観中は座禅のような特殊な座り方や姿勢をとらないで、楽な姿勢で座ります。足腰が痛ければ、イスを使うこともできます。3度の食事、面接、入浴、就寝という規則正しい生活は生理的リズムを調整し、心身によい影響を与えます。不眠が解消したり、胃腸の調子が改善する例がよくみられます。全館禁煙ですから、ご協力をお願いします。

時間的条件

第1日目(普通は日曜日)の午後2時に集合して、内観の仕方や研修所での過ごし方の説明を受けます。その後、研修生は各自の部屋に入って内観を始めます。翌日からは午前6時に起床し、洗面や清掃の後、6時半から午後9時までの約16時間内観に専念します。7日目は午前6時半から終了の座談会があり、午前8時に解散します。

内観のテーマ

どのような目的で内観する人も、無理のない限り母親(または母親代わりの人)に対する自分を以下の3つのテーマに沿って具体的な事実を調べます。

  1. 世話になったこと
  2. して返したこと
  3. 迷惑をかけたこと

このテーマの設定が内観療法の特長ですが、このテーマにそって自己の内面を見つめることを「内観」とか、「内観する」といいます。 調べるのは年代順で、小学校3年まで、次は6年まで、その次は中学時代……というように年齢を区切って、過去から現在までを調べていきます。 母親に対する内観が済めば、父親、配偶者、友人、職場の人々など身近な人に対して同様の視点から調べていきます。例えば、配偶者との関係の改善を目的に来られた場合は、母親、父親、配偶者などのテーマを繰り返し調べます。何度も調べていくと、生き生きと感情を伴って思い出せるよう になり、新たな洞察が生まれ、相手の身になって自己や相手のことが理解できるようになります。

面接

面接者は1~2時間毎に1回3~5分、研修生の部屋を訪れます。研修生は内観した結果のエッセンス(要点)を報告します。面接者は研修生の語ることに共感的受容的に傾聴し、抽象的なら具体的に語るように求め、質問に誠実に答え、熱心に内観を続けるように励まし、丁寧に礼をして辞去します。このような面接が1日約8回あります。 内観療法では他の精神療法と異なり、面接者と研修生との対話を軸にして治療が進展するのではありません。1日16時間のうち、面接は1回について3~5分で、8回の面接時間の総計は約1時間です。それ以外の時間は、研修生はひとり静かに内観のテーマに没頭し、自己との対話を進めていきます。心の中の母や父や配偶者と対話し、そこでさまざまな洞察を得ていますから、内観は自分の力で自分を治す自己治療的色彩が強い心理療法と言えるでしょう。内観療法の効果は面接者の力量よりも、研修生がどのように内観するかにかかっています。

内観の効果

内観の結果、親をはじめ周囲の人々からの愛情を再体験して基本的信頼感や基本的安定感が出現し、自己中心性を自覚し、自己の責任を受け容れ、共感性が向上し、人生への意欲が高まります。さらに、自己像や両親をはじめとする他者像が改善され、ありのままの自己像や他者像に近づき、自他を受容できるようになり、連帯感が強化されます。また内観は人生の意義を再構築し、人生に新たな意味をもたらす契機となります。 また、自己中心的な見方から解放されて、多様な視点が獲得され、人間や事象を多面的に理解したり、過去から現在までの歴史的な見方で理解できるようになり、表層的な理解からもっと深層まで理解しようという姿勢が生まれます。現実的で柔軟な視点が確保できるといえましょう。 これらの結果として、さまざまな症状が軽減したり、問題解決の糸口が発見されたり、問題行動が減少するのではないかと思われます。

なぜ、内観療法でよくなるのか

なぜ、内観療法は効果があるのでしょうか。内観療法によって成功したいろいろな事例を調べて見ると、それらに共通する「よくなる」要因は、次のようにまとめることができます。

愛情の再体験

愛されていた自己を洞察することによって、愛されていなかったのではないかという不信感や被害者意識、あるいは愛情飢餓や寂しさが癒されます。その結果、人間や世の中に対する信頼感が生まれ、心が満ち足り、安心感に包まれます。そして、硬く閉ざされていた心が開かれ、周囲の人々や動植物に自然な愛情が湧き、生きていくことへの自信や困難な現実に直面する勇気が生まれてきます。

自己中心性の自覚

自分の自己中心的で身勝手な考えや行動によって周囲の人々がどれほど迷惑し、つらく寂しい思いをしたかを自覚します。そして、周囲の人々を非難する態度が消え、母や父や配偶者や子どもなど一人ひとりが喜びや悲しみを感じるかけがえのない人間であることを実感し、共感性が向上します。また仕事や勉学や人生に対する自己の責任を自覚するようになります。

意欲の向上

内観療法は周囲の人々との関係を過去から現在まで、表層から深層まで、そして多面的に掘り下げて考えるチャンスです。その当時は理解できなかったことも、今から見ると、誤解だったたと気づかされることもたくさんあります。その結果、自己や他者を重層的、多面的、歴史的に理解し、自己理解や他者理解が深まり、精神的に健康になり、社会的に適応した行動がとれるようになります。 もちろん、これらのことは内観療法を研修した人が、自分の力で発見し、行動に移していった結果です。内観療法は基本的には自己治療の色彩の強いものですから、ともかくもご本人が熱心に取り組むことが大切です。もちろん、私たち面接者も協力して、研修され る方々の自己探究の道を一緒に歩ませていただきたいと思っています。

内観のテーマについて

精神分析療法ではそれを受ける人に自由連想を求めますから、焦点をしぼるのに時間がかかるようです。それに対して内観療法では、「世話になったこと、して返したこと、迷惑をかけたこと」の3点に絞って具体的な事実を想起するように求めます。このように的を絞っていますから、内観療法は短期間で効果を挙げるといえましょう。 しかし、内観療法で取り上げる内容が限定されていることは、同時にそれが限界にもなります。例えば、過去に愛情体験の少ない人の場合は、世話になったことを思い出すのが困難なことは想像に難くありません。親から虐待され、迷惑をかけられた経験の多い人にとっては内観のテーマは無理なことといえましょう。その場合は、例えば精神分析療法やクライエント(来談者)中心療法などで、面接者からの長期にわたる変わらぬ尊重や共感を体験することや、現実の人間関係での愛情体験を重ねることが必要です。 ただ、「愛情の少ない、ひどい親に育てられた」と思い込んでいる人も、内観すると思いがけず、愛情体験が浮かび上がり、自己像や他者像が変容することが少なからずあり、最初から内観療法の適応が困難と判断することは早計です。また、内観療法の過程で、親に対する怒りや憎しみの強い人には、それらを十分に吐き出すカウンセリングを実施すると、後の内観が進展することを私たちは何度も経験しています。

内観療法の期間について

内観療法は1週間という短期間で一応の成果をあげます。精神分析療法がたとえ教育分析であっても、数カ月や数年かかるのとは大違いの利点です。どのような心理療法でも、その過程でそれを受ける人に心理的な苦痛と経済的時間的犠牲を与えるので、それが短期間ですめば、幸いなことです。例えば不登校などの事例は長期に休むことによって、人間関係がさらに悪化し、学業が遅れ、登校を困難にしていることが多いので、内観療法のような短期終結型の心理療法はもっと活用されてよいと思います。 しかし、1週間という限られた期間では、精神分析療法でいう徹底操作(問題を深く徹底的に見つめること)ができません。不徹底なまま終結した内観者は、問題を再発することも考えられます。また、1週間の1度のカウンセリングでは、カウンセリングでえた洞察や経験を日常生活の中でテストし、その結果を次のカウンセリングで話題にでき、現実適応を徐々にしていけます。 それに対して集中内観は日常生活から遮断した状況で行われ、日常生活に戻ってからはひとりで現実社会に適応していかなければなりません。もともと社会的に適応していて、自己啓発を目的に内観した人や不適応の程度の軽い人は、内観での洞察や経験を生かしていくだけの力がありましょう。しかし、症状の重い、あるいは根の深い問題の解決を求めて内観した人の場合は、現実適応のプロセス(道程)をともにしてくれる援助者が必要でしょう。 もちろん、症状の重い人の場合は家族とともに研修するのが普通ですから、家族の援助がえられる可能性があります。またそのような人は病院や学校、その他の相談所からの紹介が多く、内観終了後はその施設での治療やカウンセリングが続行されることもあり、研修所からのアフターケア(その後の支援)が必要でないこともあります。しかし、一般的にはそれほど多くのサポート(支援)が期待できず、内観終了後のサポートネットワークの構築が今後の課題のひとつです。奈良内観研修所では遠方でない人の場合、必要に応じて内観後のカウンセリングを実施しています。 また、大きな精神的トラブルの解決のためには1週間では短すぎるという意見がある一方、自己啓発のために研修したいという人にとっては1週間は長すぎるという意見があります。つまり、家庭や職場に適応している人にとって1週間も仕事から離れることは、よほど周囲の理解と本人の意欲がなければ困難です。その問題の解決のため、最近は2泊3日の短期内観研修会の試みもあります。私たちの経験でも、社会的に適応し、精神的に健康な人は、短期間のうちに大きな洞察をするのもまれではありません。

内観療法の研修をお断りすることもあります

内観療法は朝から夜まで、ひとり静かに個室で、内観のテーマにそって自己を見つめることに集中し、結果を面接者に報告するという条件を守ることが必要です。そのため、次のような場合には研修をお断りしています。 自発的な意欲がない場合 内観療法は強制されてするものではありません。このホームページや書物や講演で内観療法のことを知って、あるいは知人から勧められて、「ぜひとも研修したい」という自発的な意欲を持って研修所に来られる方が大半です。少なくとも、「よくわからないけれど、自分の役に立ちそうだから、やってみようか」という程度の意欲が必要です。問題を起こしたり、強い症状が出て、医師や教師や家族から「ぜひ内観を」と強制されてしぶしぶ来た場合は、内観のテーマに取り組もうとせず、研修所の条件を守らず、本人も面接者も困ります。本人にあまり自発的な意欲がない場合は、ご家族がまず内観研修をしてから勧めるか、ご本人と一緒に内観研修をなさることが必要です。だからといって、強い精神力や体力が必要というのではありません。「自分を改善したい」とか「向上したい」という意欲さえあれば、中学生からご高齢者まで、ごく普通の多くの人たちが研修しておられます。 妄想や幻聴などのある状態や、うつ状態が強くて自殺願望のある場合 被害妄想や誇大妄想、あるいは幻聴などがあれば、その症状に振り回されて、落ち着いて自分を見つめることができません。病院での治療が必要です。うつ状態がひどくて、思考が停滞し、自責感が強く、自殺願望が強いときは、内観がうまくできません。かえって自責感や自殺願望が強くなる恐れがあります。まず病院で医師の助言や薬物療法を受けて、うつ状態を改善し、思考力をつけ、病的な自責感をなくし、自殺願望を軽くすることが必要です。その後に内観療法を体験して好転した例は、多く報告されています。その場合にもご家族も一緒に内観するなど、ご家族の協力が大切です。

学校教育での応用

中学校や高等学校から紹介されて、問題行動や症状の解決のために親子で内観研修所に来られています。しかし、とくに大きな問題をもたない普通の生徒たちに対してはどのようにすればいいのでしょうか?それにはいくつかの方法が考えられています。

オリエンテーション合宿での短時間の内観研修

某高校で新入生のオリエンテーション合宿(2泊3日)があり、筆者(三木善彦)が内観に関して1時間講義した後、270名余の生徒に10分間の内観をしました。 ある生徒はその経験を、「お母さんに対して内観していくと、涙が止まらなくなりました。『お母さんはこんなに苦労していたんだ、つらかっただろうな』という思いがあふれてきました」と記しています。

学校行事としての4時間の内観研修

宮朝子先生は中学校で1日2時間ずつ2日間で計4時間、教室や講堂で生徒に内観をさせました。ひとりの生徒(中1)の感想は次の通りです。 「最初はどんなことをするのだろうと少し不安でしたが、実際にやってみると、両親に何もかもお世話になり、先生にもいろいろと迷惑をかけていたり、教えていただいたこと、叱られたことが噴水のようにどんどんと思い出されました。あらためて、感謝の心が、こみ上げてきました。そして不思議と気持ちが安らぎました」 (宮 朝子「女子中学生に対する集団内観の試み」月刊『生徒指導』1985年11月号)

ホームルームでの3分間内観

わずか3分間の内観でも持続すると大きな成果をもたらします。原田小夜子先生は高校での実践を、次のように述べています。 「最近、年を追って生徒の学習意欲が低下しています。常に教室内が騒がしく、朝のホームルームの時間にも、連絡事項を伝えるのにいちいち大声を張り上げる有様です。注意力が散漫で、話を聞かない生徒たちが多く対処法を考えていました。そこで集中力を増大し、感受性を豊かにし、さらに生徒たちの持っている潜在的な能力を引き出すための心理的手法として、“3分内観”の実施を試みたのです。毎朝のホームルーム時の内観を約半年間継続しました。その結果、生徒たちの表情は次第に穏やかになり、素直さが感じられるようになりました。もちろん、朝のホームルームの時間も静かになり、以前のように大声を張り上げる必要がなくなりました。さらにクラスがまとまり、秋の運動会で学年2位、合唱コンクールで学年2位、作文コンクールでは金賞・銀賞の大半を獲得することができました」 そして、卒業式の当日のホームルームで生徒たちは、原田先生に記念品と花束と歌を贈呈し、感謝の意を表したそうです。「これは私の過去20年間の教員生活の中で、最も感動的な一瞬であった」と先生は語っています。(原田小夜子「ショート・ホームルームでの内観の試み」月刊『生徒指導』1985年11月号) このように、内観によって生徒たちは情緒的に安定し、クラスの仲間との連帯感を呼び起こし、勉強やさまざまな活動への意欲を高めることを示しています。(ロングホームルームなどで生徒に内観をさせる手順は、飯野哲郎「内観」、国分康孝監修『エンカウンターで学級が変わるPart2中学校編』図書文化、1998年が役立つでしょう。)

記録内観

筆者(三木義彦)は大学の心理学の授業でレポートとして、自宅で短時間内観した結果を記録して報告させることがあります。ある大学生は次のように記していました。

  • お世話になったこと: 親と離れて生活しているので今までの人生ではなかった経験をしています。大学まで行かせてもらった母には、大変感謝しています。月々の生活援助(食糧など)はとても助かっています。
  • して返したこと: 大学に入って母と離れて生活してみると、親の大切さがしみじみと感じられることがあります。今まで母の日には、照れくさくてプレゼントなどしませんでしたが、バイトで貯めたお金で夏用のハンドバックを買ってあげました。
  • 迷惑をかけたこと: 毎月のバイト代はほとんど車の費用に代わっていき、始めのうちは母に迷惑をかけていました。生活を共にしていないので、目に見える心配はないようですが、私の食生活などいろいろと心配してくれているようです。

小学校時代から現在までの記録内観をした感想を、彼は次のように記しています。「母に対する気持ちや考えが、自分自身の中に確実に残されていくのを感じました。苦労をかけている母に対して、『申し訳ないなあ』という気持ちと『がんばろう』という気持ちになれただけでも、うれしく思います。この経験をこれからの長い人生に少しでも役立たせたいと思います。」(記録内観の方法については三木善彦・潤子著『内観ワーク』を参照) このように学校教育に内観法を導入する工夫はいろいろあります。小学生に対しても、工夫すればできます。最近(2003年) 小中学校で内観を実践する手引き書、石井光編著『子どもが優しくなる秘けつ・・3つの質問(内観)で心を育む・・』教育出版が発行されました。ぜひ読んで実行していただければと思います。

内観療法の体験事例

不登校の女子中学生と母親

内観者:不登校の女子中学生
京子(仮名)さん – 中学生

内観するまで

京子さん(仮名、中学2年生)は体調を崩し保健室登校をしていましたが、ついに不登校になってしまいます。キャリアウーマンの母親は驚き、内観を体験したことのある友人の紹介で研修所に相談に来られました。面接者は母子で内観に来るようにすすめました。最初は渋っていた母親はやむなく、そして京子さんは「学校へ行くよりはまし」と考えて、研修することになりしました。

内観の様子

– 内観の体験を京子さんは次のように語っています。 「母や父にお世話になったことは多く浮かぶのですが、して返したことが考えられず、自分のことしか考えていないことに気づきました。また、どうしてこんなつまらないことで悩んでいたのだろうというふうにも思いました」こうして彼女は妹ばかり可愛がると思っていた両親から、自分も愛情を注がれていたことを実感しました。

– また、母親は次のように語っています。 「娘と私が内観を体験したのは、この子が中2のときです。私は、勉強ができる子どもが『良い子』思っていましたが、京子は俗にいう『デキの悪い子』でした。子どもが可愛くない、ハッキリ言って憎かったのです。家の中での娘は、父親や母親である私の顔色を見ながらオドオドしていました。その吐け口は、唯一得意とするスポーツに向けられました。しかし、私はそれを禁止しました。すると、京子は二学期が始まってすぐ熱が出たり足がすくむなどし、とうとう学校を休むようになってしまいました。友人から内観研修所を紹介され、内観の先生から親子での参加を強くすすめられ、私も切羽詰まっていましたので、何とか仕事のやりくりをし、内観を決断しました。(母・父・夫に対する内観をした後、娘に対する内観をして)京子が産まれた時の喜び、赤ちゃんの時の笑顔にどれだけ自分が救われていたかを思い出すと、涙が止まりませんでした。涙とともに、後から後から子どもに迷惑をかけたことばかりが浮かび、して返したことが見つかりませんでした。育ててやっているんだという思いだったのが、子どもに育ててもらっていた自分に気づくようになりました」

内観後の2人

その後の2人はどう変化していったのでしょう。

京子さんの場合
「内観が終わっても、2週間くらいはまだ学校に行けませんでした。しかし、心が強くなったような自分を感じ、勇気を出して行ってみたら、徐々にですが登校できるようになりました。内観によって悩みに勝ったように思います。誰にも頼らずに考えたのは、初めてでしたから」その後、京子さんは高校に進学し、5年後には看護学校に通いながら、看護婦の卵として働いています。

母親の場合
一方、当初は娘だけが問題と考えていた母親も、自分にも問題があることに気づき、変わっていったようです。「研修所からの帰り、私は京子をいとおしいと思いはじめました。それからというもの、娘はどんどん変わっていきました。私が勉強のことを口にするのが減ってくると、娘の成績が上向きになり、中3、高校と元気一杯はつらつと過ごすようになり、看護婦への道も自分で決めました。座り続けたあの日がなかったら、今日の私たちはないでしょう。内観で親子の間に連帯感が生まれ、それが太い絆となっており、5年たった今でも新鮮な感動となっています」

このように内観法で母親は学業成績優先の価値観を改め、かけがえのない娘の良さを再発見しました。娘も両親の愛情を改めて感じ、世の中への信頼感を強め、自分の問題を克服しました。母子は内観法によって危機を乗り越えて家族の絆を強め、連帯感を取り戻したと言えるでしょう。

内観を体験した非行少年との30年後の再会

内観者:非行少年陽一さん(仮名)

最初の出会い

三十年前、大学院生だった私(三木善彦)は、内観法の心理学的研究のためA少年院に泊り込み内観の指導をしたことがありました。内観法は今でもあちこちの矯正施設で実施されていますが、ある刑務所の調査では内観を体験した出所者の再犯率は体験していない人の半分でした。内観によって周囲の人々の愛情を再確認し、自分が犯した罪に対する責任を自覚すれば、更生への意欲が向上するのです。
私がA少年院で内観の指導をした陽一君(仮名)は熱心に取り組み、育ててくれた祖父母などに対する感謝や謝罪の念が生まれ、彼が更生してくれるのではと期待しました。しかし、少年院を出てから一年半後、残念ながら再犯で刑務所に入りました。私は『内観療法入門』で、彼を失敗事例の一つとして報告しました。

30年後の再会

しかし、30年後に陽一君から「先生の本を読んで会いたくなりました」という連絡で再会しました。少年院を出てからの彼の人生は、その後も何度か刑務所に入るなど、波瀾に富んでいましたが、十数年前からきっぱりと犯罪の世界から訣別して、今では小さな会社の社長として立派に活躍しています。
再会後の彼からの手紙の一部を紹介しましょう。「先日はほんとうに心からなつかしい、そして楽しい時間を過ごさせていただきました。先生が私の心の中に内観という種をまかれましたが、なかなかうまく根づかず、発育不良のままでした。過去の私は殺人・強盗・婦女暴行以外、何でもやってきた罪人です。ただ私は30年前、私を育ててくれた祖父母への内観、そして当時つきあっていた女性への内観を、先生のご指導でさせていただいたお蔭で、お年寄り、女性、子供などをいじめたり、泣かせたり、犯罪に巻き込んだことは一度もありませんでした。私みたいに人一倍ワル知恵の働く、そして体力も頑強な人間がいかなる理由、状況を問わず巻き添えにしなかったのです。できなかったのです。
30年たった今、先生が私の心の中にまかれた種は生きています。実に強い種だと思い ます。やっと、最近少しずつ、土中に根を張ってきたような気がします。」内観の種は陽一君の中で根を張るだけでなく、芽生え、花を咲かせ、実をならせています。経済や政治の激変の時代ですから、何らかの事情で彼の会社経営が危機にさらされることもあり、また波瀾があるかもしれませんが、たくましく復活する力を彼がもっていると信じます。私たちは内観の効果がすぐに現れることを期待しますが、短期的には失 敗のように見えても、長期的には成功といってよい人たちもいるのではないでしょうか。 内観療法に限らず、どのような働きかけでも、たとえすぐに効果があがらなくても、成長 を長い目で見守ることが大切です。このことを陽一君の例は教えてくれています。

家庭内暴力の男子中学生と母親

内観者:家庭内暴力の男子中学生賢治さん(仮名) – 中学生

1. 内観するまで

賢治さん(仮名、中学2年生)は1年ほど前からテレビのチャンネル争いなど些細なことに腹を立て、両親(とくに母親)を殴っていました。内観に来る前の晩も、アザのできるほど母親を殴り、自室のふすま4枚を粉々に壊したほどです。彼自信もコントロールできない攻撃衝動に苦しみ、内観をすすめられました。しかし、母親と一緒に研修することを拒否し、まずは彼一人で研修を始めました。母親は後に研修しました。

2. 内観の様子

賢治さんは内観で「小さい頃、寝つくまでお母さんは絵本を読んだり、物語を聞かせてくれました。あるとき酔ったお父さんが何かで腹を立て、ガラスのコップを投げつけたとき、身をもってかばってくれました。これほど苦労し自分に愛情を注いでくれたお母さんなのに、お母さんの身になって考えるどころか、『うっとうしい人だ』という考えで文句ばかり言っていました」と語り、母親の苦労や愛情を忘れ、わがままを通し、母親を苦しませていた自分を、涙ながらに反省するようになりました。
また、父親に対しても同様な内観をした結果、「自分がやってきたことは、ほんとうに恐ろしいことで、非常識で、人間のやることではありませんでした。もうこれからは殴りません、というより殴れません」と語っています。
母親も内観した結果、夫婦げんかが絶えなかったことが息子の暴力の素地になっていたことに気づきます。そして夫婦げんかの種は夫だけではなくて、自分も蒔(ま)いていたことを自覚し、暴力をふるう息子ばかり非難して、自分を反省していなかったことに気づきました。

3. 内観後の家庭

その後、夫婦仲は改善され、家庭の雰囲気は好転し、さらには家族や賢治さんをも苦しめていた暴力の嵐は影をひそめました。ときには口論になっても、暴力行為は一切なく、すぐ反省するようになったとそうです。
内観によって賢治さんは両親の愛情を再体験し、父親像や母親像が好転し、暴力への正常な罪悪感が出現し、自己中心的な傾向が改善され、攻撃衝動をコントロールできるようになったのでしょう。

摂食障害(過食や拒食)だった内観者

過食に悩む会社員

内観者:過食に悩む会社員
さち子さん(仮名) – 20代、会社員

内観するまで

過食症で悩む会社員のさち子さん(仮名・20歳代)が、奈良内観研修所に来られました。彼女は内観前のアンケートに、次のように記しています。 「急激なダイエットの結果、2年前から過食症になり、通院したり、カウンセリングを試みたのですが、ほとんど効果がありませんでした。自分で強い意志を持とうと何度も頑張ったのですが、どうしても夜になると甘いお菓子などを大量に食べてしまいます。どうしたらいいのか分からなくなっている時、カウンセリングの先生から内観研修のことを教わりました。過食を治すきっかけやヒントを得られたらと思い、受ける決心をしました」
さち子さんのように食事に関してこだわりが強くなり、他の身体的な病気がないにもかかわらず、普通の食事行動ができなくなり、拒食をしたり過食になったりする症状を摂食障害といいます。その背景にはストレスが想定され、患者が「自分は病気なのだ」という自覚が乏しく、その治療はなかなか困難で、身体に働きかける治療だけでなく、本人が摂食障害の背景にある心理的要因について理解を深めることが必要ですから、心理療法的なアプローチも大切です。

内観の様子

具体的事実に沿って回想していくと、多くの世話になったことが思い出され、して返したことが少なく、迷惑をかけたことが一杯浮かび上がってきます。さち子さんは母に対する小学校の頃の内観をして様々なことを思い出しました。例えば

  • 世話になったこと:
    入学したとき机やランドセルを買ってもらったこと、授業参観や学年の行事にいつも来てもらったこと
  • して返したこと:
    お風呂で母の背中を流したこと
  • 迷惑をかけたこと:
    迷子になって探してもらったことや、カゼにかかって長い間看病してもらったこと

このようにして、年代を区切って内観していくと、次々と記憶がよみがえってきました。さち子さんは内観後のアンケートに、次のように記しています。
「ここに来るまでは、とにかく過食症を治したいという藁(わら)にもすがる思いでしたから、自分のどこがいけないのだろうなどと考える余裕すらありませんでした。もちろん、過食症になったのは私のせいじゃないと思っていました。内観の始めのうちは、パッと思い出せるようなことしか思い浮かびませんでしたが、食事のときに流される内観体験者の録音テープを聞いたりしているうちに、思い出す範囲も広がっていき、母がこんなことを自分のためにしてくれていたんだなあと思うと涙が出てきました。
そして、ダイエットによって周囲の人に注目させ、とくに母の愛情がもっと欲しくなり、それが得られないと今度は食べ物に愛を求めたような気がします。母が病気の祖母の世話で必死だったのに、自分に愛情を注いでくれていないように思い込み、過食に走ったような気がします。 ダイエットしたのも自分、過食で太ったのも自分だということを実感し、身勝手なことをして、気に入らないと母に当たり散らしていた私は、母や家族のありがたみに気づくことができませんでした。これでやっと親孝行をしようという意欲がわきました。人と同様、身体や食物にも迷惑をかけることなく、自分を大切にしていきたいです」
このように内観がうまく進展すると、自己理解や他者理解が深まり、病気の背景となった心理的要因が理解され、症状が解消したり軽減します。内観に成功した人は愛されていたことを実感して、人間への基本的信頼感を回復し、情緒的に安定します。また、自分の欠点を受け容れ、責任を自覚できるようになり、勉強や仕事への意欲も向上することが、いろいろな事例研究や追跡調査から明らかになっています。
そのため内観法は非行や不登校、あるいは家族の不和やうつ状態、あるいはアルコール依存症や心身症に対する心理療法のひとつとして評価されています。また、健康な人々にとっては自己啓発法となり、多くの人々によって活用されています。

内観後のさち子さん

さち子さんは、その後どうなったのでしょうか。2年8か月後の追跡調査に対して、彼女は摂食障害が治ったことを報告し、さらに次のように答えています。
「内観後、心の病気を克服できたのはもちろんですが、自分自身をよく見つめることができるようになったと思います。自分の悪いところを認めて、そんなところがあっても自分は自分なんだと思えるようになりました。それから何に対しても感謝の気持ちを持とうと努力するようになり、毎日何事もなく過ごせることがありがたいと思えます。人との出会いも新鮮で、自信をもって接することができるようになったと思います」
さち子さんは成功した事例ですが、それまでのカウンセリングで自己の内面に目を向けるようになり、内観法に取り組みやすかったからでしょう。一般に心理的な背景から生じる身体症状は本人の自覚が不足し、治療意欲が低くて、1週間研修所にこもって内観するという気にならないことが多いようです。そのような時には、親や家族が共に内観すると本人への理解が深まり、本人も頑張って内観して、家族間によい相互作用が生じ、問題症状の好転をもたらすことがあります。

人間関係(親子や夫婦間など)が不和だった内観者

研修所の庭にはツバキ、チューリップ、桜、雪柳をはじめ四季折々にさまざまな花が咲 きますが、内観研修のお世話をしていると、内観者の心に色とりどりの花が開く瞬間に出会えます。
例えば、ある若い女性は集中内観の2日目には「ユーモアもなく趣味をもたず、ときに は当たり散らす父が今も大嫌いです」と話していましたが、5日目には「今の職業に着けるチャンスを与えてくれた父をバカにしていた私がバカだった」と父に対する恨みや軽蔑の念を解消し、にっこり笑った。離婚の危機に直面していた熟年夫婦が内観したが、夫は「妻から世話になったことは数 々あったが、ありがとうとかご苦労さん、よかったなとの感謝やねぎらいの言葉をかけてこなかった」ことに気づき、「感謝の気持ちを忘れずに、残された人生を妻と共に生きていきたい」と語るようになった。夫に不信感を抱いていた妻は内観して、「夫のお蔭で自分がここまで成長させていただいたと感謝」できるようになり、「何もかも洗い流された感じで、さっぱりしました。人生の再出発ができそうです」と夫婦の間に花が咲き、絆を結びなおしました。
このように心に花を咲かせて、家族関係の不和を解消する人が多くいらっしゃいますが、残念ながらうまく内観できず空しく帰る人もいます。そして、咲いた花が一時的なアダ花でなく豊かな果実をつけるには、どのような質の体験や洞察が大切なのか、その後のアフターケアをどのようにすればよいか、うまく内観できない人にどのように面接すればよいのか、面接者である私たちも経験と理論から学んでいきたいと思っています。
次に、家族との和解が仕事に反映された例を紹介しましょう。

[人気が出る]OLの内観

内観者:OLの内観
裕子さん(仮名) – OL

内観後の様子

家庭の人間関係の悩みで研修所に来たOLの裕子さん(仮名)は、スタッフ派遣会社に勤めていました。集中内観の結果、誤解がとけて家族との和解ができました。内観5か月後、職場で裕子さんの人気が出てきたことを手紙で知らせてくださいました。
苦情処理の仕事
私はある大きなデパートのお届け品の調査センターに勤めています。そこはみなさんのお宅に届けられる商品の苦情の一切を引き受けているところです。多いときには、一日500件くらいの苦情がありまして、ありとあらゆる人から電話を受けます。時には、涙を浮かべてしまうようなひどい電話もあります。
変な人気が
私は内観を1年前にさせていただきました。その後、100%まではいかないのですが、9割がたのお客様に喜んでいただいています。私はちょっと仕事に慣れているもので、難しいほうを任されています。頼まれると、私は断りません。逆の立場に立つと、難しい仕事を「誰かにしてほしいなあ」と探すと思いますので、言葉だけでなく、心の中で相手を拒否しないようにしています。そのお蔭で、変な人気が出てきまして、仕事がどっさり溜まるんですね。内観前だったら、「同じお給料で、なぜ私だけが苦労を」と思ったかもしれないのですが、今は私を選んでくださったのだと、ありがたく思えるようになりました。その上、お客様から「ありがとう。他の方にもこのように親切にしてあげてね」と感謝していただけるので、恵まれていると思います。
こじれないためにお客様は商品が届かない時、自分の気持ちを目茶苦茶にぶつけてきます。「お前のところ、何しとる!」というのが第一声だったら、こちらが何を言っても相手はヒステリックになって、かえって話がこじれます。その時「何かお困りですか」とか、「申し訳ございません」と言うと、たいていの人はちゃんと言ってくれるのです。しかし、こちらが「いくらお客様でも、なぜそこまで偉そうに言うのか」と少しでも心の中で思うと、相手にそれが通じてしまって、もっとこじれてしまいます。他の人のことを見ているとそう感じます。何をしてあげられるかな最近、自分のテーマにしているのですが、人に対する愛というのは、好きとか嫌いとかじゃないと思うのです。職場でも嫌いな人がいるのですが、以前だと「嫌いだ」と思うのですが、今は嫌いになれないのですね。
その人が疲れていたら、「今、私は何をしてあげられるかな。お茶の一杯も入れてあげようかな」と、無理ではなくて、自然にそう思えるのですね。ですから、自分で「楽だなあ」と思います。前だったら、「そうしなければならない」ということがあったのですが、今では「あ、 そうしたいなあ」と思って、すっとできるようになりました。内観してから5か月経つのですが、感じることの多い毎日です。「こんな女性と一緒に仕事をしたいなあ」と、誰しも思いますね。内観前もてきぱきと仕事をしていたようですが、内観後はやさしさに裏打ちされた仕事振りになっているようです。裕子さんは今は独立して、小さな会社を経営しておられます。

アルコールや薬物の依存症だった内観者

アルコール依存の会社員

内観者:アルコール依存の会社員英之さん(仮名) – 40代、会社員

内観するまで

英之さん(仮名、40代、会社員)は10年前にアルコール依存症と診断されました。症状を改善するため、断酒会に参加するものの長続きはせず、再び飲酒を始めました。その後、依存症による不安定な心身の状態を落ち着かせるため、精神安定剤を常用し、今度は薬物依存症となりました。その上、妻以外の女性との交友関係も断ち切ることができません。このままでは破滅するのではという感じて、医者のすすめで研修所に来られました。
「経済的に恵まれているものの、両親からの愛情を受けずに育てられたという満たされない気持ちからくる空虚感によるものではないか」と、アルコール依存症になった原因を考えていました。

内観の様子

始めの2~3日は、両親に対する憎しみや恨みの感情に苦しめられていました。しかし、4日目に今まで誰にも言えなかった両親にまつわる秘密を面接者に打ち明けたのです。 「その時、不思議な安堵感に包まれ、両親を許すことのできなかった自分の狭量さと幼さ、また、両親がそれぞれひとりの人間としてどんなに悩み苦しんでいたかを思いやることのできなかった自分の冷酷さを思い知らされ、申し訳なさに涙があふれました」
英之さんは、妻をはじめ周りの人々が深い愛情で支えてくれたことを実感し、自分の思いやりのなさに情けなくなったと言います。「その後、今までにかけた迷惑の数々を面接者に話すと心が晴々としました」5~6日目には、温かいお風呂に入って、つくづく幸せを感じるようになります。普段は当たり前だと思っていた色々なことでも、じっと考えてみると、幸せなことがいっぱい含まれているものだと気付くようになります。感謝とかありがたいという気持ちを久しぶりに感じるようになります。
7日目、英之さんは次のように記しています。
「飲み足りない、遊び足りない、あれが足りない、これが足りないという足りないものを捜す人生から、十二分に満ち足りている部分にもっと目を向けて感謝の心を持ち続ける生活をしていきたい。人に愛を求めすぎていないか、自分は人に何を与えているかをいつも念頭に置いていきたい。自分で作る病気には二度となるまい」

内観後の英之さん

三年半後の手紙では「断酒会に出席し、アルコールや薬物を断つことができました。女性関係でも問題はなく、家族や会社での人間関係も良好です」と報告しています。
アルコール依存から立ち直るのは困難なことです。英之さんは長い苦しみの歴史の末に内観で改善の転機をつかんだ幸運な例です。内観療法は単純明快な方法ですが、心の健康を取り戻し、予想以上に多彩な実りをもたらすことがあります。うまくいけば非行や犯罪、あるいは不登校や引きこもり、摂食障害や心身症、うつ状態や夫婦関係の改善のきっかけにもなります。

薬物依存の事例~生命の輝き~

内観者:薬物依存の事例
美恵さん(仮吊) – 30代、主婦

内観するまで

美恵さん(仮吊、30代、主婦) は大学時代に仲間とマリファナやコカインなどに耽溺した経歴を持ちます。結婚を機に、一時は薬物を絶っていたのですが、専業主婦の生活はあまりにも寂しく、また、仕事に没頭する夫は帰宅が遅く、疲れ果て、夫婦に会話はありませんでした。
妊娠したものの流産した彼女は、寂しさを紛らわすため、再び薬物依存の世界に落ちていったのです。その後、精神病院に入院しましたものの、再発を繰り返し、夫からも離婚を突きつけられてしまいます。そして医師からすすめられ、内観することになったのです。

内観の様子

内観を続けていた5日目の朝、美恵さんは素晴らしい体験をします。研修日記から引用しましょう。 「母に対する自分を調べていましたが、大きくはじけるものがありました。とてもよく眠れ、気持ちよく目覚めることができました。カーテンを開けたら青空の広がるすがすがしいお天気で、食事が美味しくいただけて、生きていることの素晴らしさにただただ感動を覚えたのです。自分が生きているということの大切さ、素晴らしさを正しく実感したのです。実感という言葉は、こういう感じのことを言うのだと知りました。
美恵さんは内観によって生きている喜びを知り、初めて実感することができたのです。続けてこう記しています。「食事を美味しいと感じられるのも、自然に対する感激も、すべては母のおかげです。私がおなかにいる時から大切に慈しんでくれたからこそ、この心身があり、それゆえにこの感動を体験できたのです。また、産むだけでなく、今日までこんな私を見放しもせず、いつも支えてくれた両親や周りの人たちの愛によって、私は今日を迎えることができたのです。生きていてよかった、生かせてもらえて幸せだと思いました。生きて存在しているだけで、こんなにも大きな喜びを味わえることができるのです。ですから、薬や遊びでしか快楽や喜びを味わえなかった今までの私に、別れを告げることができる自信を持ちました。

内観後の美恵さん

薬物依存の世界から抜け出すことは困難なことです。しかし、内観で身近な人たちの愛情を再体験し、自分の犯した罪を自覚しました。そして。自分の身体も含めて自然と触れ合った体験が基礎となって、7年後の今も美恵さんは元気です。

記録内観の事例 ―母との葛藤を解消した中年女性―

奈良内観研修所 三木潤子
目的:1週間宿泊して研修する内観療法によって、症状や問題行動が改善された事例は多数報告されている。しかし、1週間の時間が確保できないクライエントも多い。
そこで、カウンセリングに記録内観(「世話になったこと」、「して返したこと」「迷惑をかけたこと」のエピソードを毎日記録すること)を導入し、3か月間、わずか4回のカウンセリングで母親との葛藤が解消し、関係が改善された事例を紹介し、記録内観の有効性を検討したい。

クライエント50代前半の女性・Aさん 主訴:母親との関係改善

面接の経過:初回の面接で、Aさんは「父が他界した8年前から我の強い母と同居が始まった。いくら注意しても母は台所や開いたタンスの引き出しに衣服や下着を吊るし、皮肉やボヤキを言う。それで母娘ゲンカが絶えず、腹立ちのあまり、せっかく母が作ってくれた料理を食べられず、母手作りのブラウスを着られない。そして、イライラして夫に当たり散らし、そのせいかどうかはわからないが、夫は勤務先の女性と浮気して同棲した。ついに2年前に彼と離婚したが、いまだに結婚指輪を指からはずせない」など、母への怒りと夫への未練を語った。
そこで、カウンセラー(演者)はAさんに記録内観(母との関係で「世話になったこと」、「して返したこと」「迷惑をかけたこと」のエピソードを毎日記録すること)を勧め、母に世話になったときは「ありがとう」と言葉に出すようにと助言した。彼女は3か月間、ほぼ毎日記録内観を続け、カウンセリングでその報告をした。
その結果、Aさんは母と適切な心理的距離をとり、母の言動にいちいち腹を立てなくなった。それにつれて母もAさんの注意を聞き入れて、台所やタンスの引き出しに衣服や下着を吊さなくなり、皮肉やボヤキを言うことも減った。また、Aさんが母に「ありがとう」を口にするようになると、母もAさんの好意に対して素直に「ありがとう」と言葉に出すようになった。そして、母の作った料理を食べるようになり、母手作りのブラウスを着られるようになり、母娘ゲンカは少なくなった。そして、結婚指輪を指からはずして川へ流し、夫との別れを受け入れた。
考察:カウンセリングに記録内観を導入することによって、短期間でAさんは母親との葛藤と夫への未練を解消することができた。母手作りの料理を食べるようになり、母手作りのブラウスを着るようになり、結婚指輪を川に流せたことは、それらを象徴するエピソードであろう。
このように記録内観は、1週間の集中内観と同様、人間関係の葛藤の解決に有効な技法の一つではなかろうか。さらにもっと多くの事例に適用して、カウンセリングへの導入の仕方やタイミングを検討したい。

うつ状態の会社員

内観者:うつ状態の会社員公治さん(仮名) – 会社員

内観するまで

ビジネスマンも時には仕事や人間関係に疲れて、ノイローゼになることがあります。公治さん(仮名)は上司とのトラブルをきっかけに無気力になり、2か月前から出勤できなくなり、精神科医からすすめられて研修に来られました。
研修所にはうつ状態の方が、時々紹介されます。自責感が強く自殺企図などがあって危険な場合は研修を引受けません。薬物治療でそれらが軽くなり、ある程度、自分自身を見つめる力があれば、家族の協力を得て研修を承諾しています。公治さんの内観を紹介しましょう。

内観の様子(公治さんの内観研修日記より抜粋)

1日目
母に対する内観をしたが、なかなか集中できない。ハッと気がついたときには全然違うことを考えていたりする。また、せっかく思い出しても、いつ頃のことだったか、どんな内容だったか具体的に思い出せない。とくに「迷惑をかけたこと」がなかなか思い出せない。
2日目
今日は父に対する内観が主だった。内観する前は、あんなに腹の立つ、人の気持ちを理解しない、お金第一主義、文句ばかりいつも言っている父を大嫌いだった。しかし、内観していくと、子供の頃プラモデルや超合金のおもちゃを買ってもらったり、お小遣いやお年玉を与えてくれたことから、あんなに大事にしていたお金を僕ら子どもにもちゃんと与えてくれていたんだな、僕らにもちゃんと愛情を与えてくれていたんだなと感じた。
また一緒に野球をしたことも思い出し、私たち子供を愛していなかったわけではないと感じました。
3日目
友だちに対する内観では、私は友だちがいないと悩んでいましたが、実は私は多くの友だちの友情に触れながら、それを信じられず、自分からその友だちを遠避けるようになってしまったのではないだろうか?友情を与えてもらいながら、それに気づかず、自分で勝手に孤立しているような、そんな節があるように思えた。
4日目
上司に対して内観すると、父の時と同じように、あんなこともしてもらった、こんなこともしてもらったというのを思い出し、上司に対する憎しみのようなものはなくなった。
6日目
6日間の内観を体験して、僕の感じたことの一つは、出勤拒否症で悩んでいたが、自分の心の中に「怠けたい」という非常に醜(みにく)く、自分でも認めたくないような気持ちがあることに気がついた。
<内観2ヵ月後の様子>
内観2か月後、公治さんからは「現在は元気に出勤し、苦手だった上司とも上手に付き合っている。最近では一緒に酒を飲むような仲になった」と、報告してきました。
上司との不和の背景には、父親との不和がありました。しかし、内観によって父親から世話になったエピソードをいくつも思い出し、父親像を好転させます。上司に対しても、同様に世話になったことを思い出し、恨みを解消して行きました。また、友だちとの関係でも、人間不信があって、自分から孤立していったことに気づきます。それらのことを自覚した結果、上司にも自分から積極的に近づいていこうという意欲が出てきたのでしよう。さらに出勤拒否の背後にあった“怠け”心も認めることができ、恥ずかしくなって、自分を取り戻し、出勤できるようになったのでしょう。
内観の効果でよく見られることは、対人関係の好転です。世話になったことを明確に意識し、自分の問題点に目を向けるのですから、そうなって当然のことのようですが、いったん相手に否定的感情を抱いてしまうと、なかなか肯定的になれないのが普通ですから、公治さんの変化は大きいと言わざるをえません。
ちょっと上手く行き過ぎたような事例ですが、内観でうつ状態が好転したという例は少なくありません。もちろん、あまりに重症で、自責感情が強く、思考がうまく働かない人は内観もできませんから、まずは薬物療法や心身のエネルギーを充電するために、しばらく休養することが大切です。また、内観で好転しても油断せずに、医師の指導を受け服薬したり、必要に応じてカウンセリングを受けることも大切です。

心身症~13年間の下痢から救われた青年の事例~

内観者:下痢から救われた青年
渉さん(仮名) – 青年

心身症だった内観者

内観療法を研修して、頭痛や肩こり、不眠が改善したということはよく聞きます。内観によって頭痛の種が消え、肩に乗っていた精神的な重荷が軽くなり、思い悩むことが少なくなって眠れるようになったのでしょう。心身症というのは症状の出現や経過に心理・社会的要因が関与している身体症状を指しますが、内観療法によって症状を引き起こした要因が変化して、身体症状が改善すると考えられます。

内観するまで

ここで紹介する事例は、クローン病という難病によって13年間の下痢に苦しんでいた青年渉渉さん(仮名)です。私たちの奈良内観研修所ではなく(当時はまだ開設していませんでした)、吉本伊信先生が活躍なさっておられたころの内観研修所(現在の大和内観研修所)で内観した例です。私(三木善彦)の『内観療法入門』創元社を読まれたのが縁で内観され、後に私もお会いできました。渉さんの体験記を要約しましょう。

内観前の症状

中学1年生の頃から下痢と腹痛に悩まされる。高校1年生の時、回復の難しい小腸の潰瘍、クローン病と診断され、手術を受けるが回復せず、日に5~6回の下痢が約13年間続く。大学を卒業して就職するが、下痢のため毎日10回以上もトイレに立ち、そのみじめさに耐えかねて退職してしまいます。そして、まるで魂の脱け殻のようになっていました。

内観の様子

知人の紹介で『内観療法入門』を読んで、研修所の門をくぐりました。1~2日は雑念に悩まされましたが、内観が進むにつれて、下痢に悩む息子をもった母や父の苦しみと愛情を実感し、涙が溢れました。3日、4日と経つうちに下痢をしなくなったなと感じたのです。
5日目の朝、自然な便意を感じトイレに行ったところ、何年ぶりかで、久しぶりに形のあるきれいな、匂いのよい便が出ました。涙が止めどもなく溢れ、翌日には数年来の肩こりが消え、肩が軽くなり、それ以来、肩こりを感じなくなったのです。

内観後の様子

研修を終えて研修所を後にした時、五感が鋭くなったような感じを受けました。周りのもの全てがきらめいて、宇宙の恵みを受けて生かされているのだぁとしみじみと感じました。内観後は生きていることが楽しく、人生の目標が持てるようになりました。その後、受験勉強をして医学部に入学し、今では医者として頑張っています。

内観16年後の渉さん

16年後にお会いしましたとき、こんなことを言っておられました。「卒業して医者になってからは、激務で心身の疲労が重なり、再発しました。ですが、3年前に手術を受けてからは、ほとんど下痢の症状はありません。たとえ下痢があったとしても、日頃の内観が足らないからかなと思えるようになりました」と笑っておられました。
クローン病は小腸の潰瘍に起因する身体的な病気ですが、症状形成に心理的な要因が潜んでいることもありそうだということを、渉さんの例は示しています。内観前、渉さんは下痢のみじめさに圧倒され、人生に絶望していました。
しかし、内観して両親の愛情を実感し、(ここでは示されていませんが、病気を口実に自分勝手な生活をしていた自分の姿を恥じ、)生かされている喜びを身に沁みて感じたことが、症状好転のきっかけになりました。それから後はたとえ下痢があっても、絶望せず、下痢に振り回されない人生になったようです。人間の体と心の微妙な関係を示唆しています。

自己啓発が目的の教師

心身ともに健康な教師

内観者:自己啓発が目的の教師
雄介さん(仮名) – 30代、中学教師

内観するまで

心身ともに健康な中学教師・雄介さん(仮名、30代) は、自己啓発のために内観を体験しました。教師として中堅で、まもなく結婚しようという時期でした。

内観の様子

終了の座談会で雄介さんは「内観はほんとうにすごいものだなあ、と感じました。今まで、考えていなかったようなところに大きく自分の心のなかにゴミが溜まっていることを発見しました。今までの自分を清算できたような、借金を払えたような気がします」と述べ、母や父に対する内観を語った後、婚約者や生徒に対して内観した結果を次のように報告しています。
「(婚約者に対して内観して)派手なことを私は嫌いなんです。女性だったらウエディング・ドレスも着たいだろうし、お色直しも何度もしたいだろう。指輪だって、大きいのを買って友達に自慢したいだろう。そんなこと全く考えていなかった。『身内で軽くお祝いするだけでいいじゃないか。指輪など、オレは買わないぞ』と自分の考えを押しつけて、ひとりの人間として扱っていなかった。『私の妻になるのなら私の持ち物であり、私の主義主張に従うのが当たり前だ』という、奢(おご)り高ぶった自分がいたのです。内観した今では、もう好きなようにしてもらい,私は譲れる範囲,最大限譲りたいと思います。」
「(教育者として内観して)自分を見直すいいチャンスになりました。人を教え導く、そして育てていくという仕事は、責任重大な仕事だと思うんです。張り切ってやっていたこともあるんですが、いつのまにか流されて、その日その日をやって、ミスがなければよい、という安易な考えでいる自分がありました。もう一度初心に帰って、40人生徒がいたら、一人ひとりを大切に生かしていく。そのような仕事をしたいと、今考えています。」
このように心身ともに健康な人も内観のテーマにそってじっくりと自己を見つめれば、自分の問題点が現れてきます。私も教師のひとりですが、教師は生徒や学生に反省を求めても、自分自身はなにかと口実を設けて実行しないようです。ときには時間をとって、内観してはいかがでしょうか。

あるヨーロッパ人の内観体験

当研修所ではなく、ヨーロッパで研修をした人の例ですが、参考までに紹介しましょう。

内観するまで

「内観前、私は両親の最も厳しい裁判官でした。『両親は私にあまり愛情を与えてくれず、理解も示してくれなかった。示してくれたのは、無理解と罰と冷淡さであった』と思っていました」

内観の様子

この思いにも内観7日間で変化が訪れます。「この厳しい判断が間違いであり、それは何事の言い訳にもならないということがよく分かりました。私は何も損をしていなかったということが分かったことは、私をほんとうに気分的に楽にしてくれました。両親に対するこのような感情が原因で、他の人、また私を取り巻く様々な状況に対して感じていた色々な不安が引き起こす争いが、ずっと少なくなりました。母、父、祖父、姉、そして、その他の人たちはみな私に対して、その状況でできる限りの多くのことをしてくれました。それはたいへんな量であり、私は今ではこれらに対して感謝の念でいっぱいです。このような考え方をすることは、自分をさらに成長していかなくてはならないという気持ちを与えてくれました。『子どもの時もっと色々としてもらっていたなら‥‥』という言い訳が許されなくなったのですから」(1983年 P.ゲルティさん)
内観によって、彼は両親への誤解を解消し、愛情を再体験しました。感謝の気持ちが強くなり、不安や争いが減少し、自分の責任に目覚めています。内観療法は吉本伊信先生が日本の風土と歴史をもとにして生み出した心理療法ですが、外国人にとっても有意義な体験であることを示しています。現在ではアメリカやヨーロッパ、さらに中国や韓国でも実施されています。